2011年05月

2011年05月28日

潜在意識に届いた恩師の言葉

これは、私が小学生だった時のお話しです。

ホームページのプロフィールにも書きましたが、私は、
小学生時代は、学校でも知れ渡った問題生徒でした。

素行、学業ともに悪かったのと、全般的に学校に適合して
いなかったので、一時期特殊学級に入るのを勧められていたくらい、
と言えば、何となく想像できるかも知れません。

ある時は、隣のクラスのT先生が、自習か何かの見回りに来て、
何か些細なことで私の名前があがると、

「おまえが礒か!」

と言いながら、私のそばにきて、頭のてっぺんから
思いっきり平手でたたかれました(笑)

笑マークをいれていますが、まるで、脳しんとうを起こすかの
ような強さで、頭がくらくらしたのを覚えています。

しかも、そのときは、詳細は覚えていないのですが、大して
悪いことをしていないつもりだったのに、私の名前を
きくや、より怒ったという感じで、子供ながら何か不条理に
感じたのを覚えています。

今思うと、その先生は男性で、担任の先生は女性だったので、
男性が気合いを入れたら行動が変わるのでは、とか
考えたのかも知れませんが、私の中では痛い想い出だけで
行動に影響はありませんでした(笑)

別の時は、他のクラスの先生が来たときに、私が
熱を出していて、熱を出している人がいます!
と誰かが言って、それが私だと分かると、

「なんだ、いそか。。。」

と言いながらおでこに手を当ててくれました。

学年の先生なら誰でも、私の名前を知っているんだなあと
後に気づきました。


こんな私が、更生し始めるのには、いくつかの伏線が
あったのですが、その最初のきっかけは、小学校3年生の時でした。

私が、特に素行が悪かった、小学校1,2年生の時の担任の先生と、
学年があがり、3年生になったときに、校庭でばったり会いました。

回旋塔って、わかりますか? 校庭の、回旋塔のそばで、友達と
一緒にいたときに、久しぶりにあったその先生が、私に
こんなことを言いました。

「いそちゃんは、ちょっとふざけているだけなのよね。
本当はおつむがいいんだから。ちょっとふざけているだけなのよね。」

こんなことを言いました。

さて、それまで、前述のように、学年のこちらが知らない先生にまで
ある意味目の敵にされている存在だったのに、一番優しい、信頼していた
先生にこう言われて、私は嬉しくなりました。

というのは、それまで、私が言われた言葉は、大抵、

「おまえはどうしようもないやつだな。。。」

みたいなものが多かったからです。


私は、おつむがいい、つまり、頭はいいが、ちょっと
ふざけているだけだ。

これは、とても気に入ったので、心から信じました。

この言葉で、私のこれまでの悪事が、全て正当化されるような
気にさえなりました。

そして、その後も、この言葉は、私の心の隅に、ずっと
残っていきました。


私は、本当は頭がいいんだ!
ちょっとふざけているだけなんだ!

このセルフイメージが、深く心に刻み込まれました。

その後は、テストの点が悪くても、成績が悪くても、
3年生になって、素行が悪くて登校禁止になった日があっても(笑)
「頭はいいのにちょっとふざけているだけだ!」

と心のどこかで思っていました。


その意味で、私は、この一言で、人生が変わったと言っても
過言ではありません。他にもいろいろあったのですが、今でも
こうして覚えているくらいですから、私には、とっても
インパクトがありました。

さて、この先生、その後、母親が長年年賀状のやりとりを
していて、うちの実家のかなり近くに住んでいることが
後年分かりました。

でも、私が小学生の時で、既にベテラン先生という雰囲気だったので、
かなりお年だろうなあ、と思いながら、月日は過ぎました。


今、私が仕事がらいろんな相談を受けると、子供の時に聞いた
大人の一言が、いかにインナーチャイルドや、トラウマとなって
潜在意識に残るか、そして、セルフイメージに影響を与えるか、
痛いほど感じています。

その意味で、この先生の言葉のありがたみが身にしみて、
そして、いつか、会ってお礼を伝えたいなあ、なんて
思い始めていました。


そして、昨年11月。実家により、半日、ぽっかり時間が空いたときに、
なぜか、

「そうだ、今会いに行ってみよう!」

と思い立ちました。そもそも、電話番号を知らないし、小学生の時以来
30年以上連絡をしていないので、いきなり家を訪ねてこられても
迷惑かも知れない、とは思いました。そう、私の思考は考えました。

そして、母親も、いきなり行っては迷惑じゃないの、としきりに
やめるようにと言います。

が、フィーリングは、今行ってみよう、という確信でした。

そこで、とりあえず行ってみることにしました。



さて、住所を頼りに行ったのですが、かなり込み入った住宅街で、
住所から見つけつらい地域で、最初は引き返そうかと思いました。

が、そうだ、インスピレーションを使おう、と、感じるままに
道路を眺めていて、突然、ある坂道をあがろう、と思い、
運転していた父親に右折をしてもらいます。

そこでも、まだ3差路の嵐みたいな細い道だったのですが、
そこで車を降り、この道を行ってみつからなかったら、
今日はこのまま帰ろう、と、歩き始めました。

果たして。。。みつかりました!

歩いてすぐに、右側に、先生の表札が、そして、同じ住所が
みつかりました。

おそるおそる、インターフォンをならします。

すると、向こうから、ややいぶかしげに、

「どなた様でしょうか?」

と聞いてこられました。


先生ご本人か、それとも一緒に住んでいるという娘さんか
わからなかったので、名前を名乗っても通じるか分からなかったのですが、
思い切って名乗ってみました。

「あの、以前先生にお世話になった礒 一明といいますが、
先生おられますでしょうか?」

すると、おられたのは先生ご本人だったようで、

「あらー、まあ、ちょっと待っててね!」

と、表に出てきてくださいました。

そして、ちょうどお時間があったらしく、あがってお茶でも
飲んでいらっしゃい、と、いきなりお邪魔して、そのまま
30分ほどお茶をごちそうになってきました。

一通り昔話をした後、先生に、例の件を切り出しました。


回旋塔のそばで、先生に言われた一言が、自分にとっても
励みになった事。他の先生には邪険にされることが多かったので
その温かさが心にしみたこと。

本当は、お礼をいいながら、うるっと来そうになったのですが
ぐっとこられて、無事お礼を言い終えました。

すると先生、

「あら、そんなこと私言ったかしら。全然覚えていないわ。」

とのこと。おそらく、大勢の生徒に、こうしたメッセージを
贈ってくれていたのでしょう。


そして続いて、こんなことも言っていました。

「礒くんが問題児なんて、感じたことないわよ。」

そうか!そうだったのか! つまり、心の底で、問題児だと
感じていたら、それが言動に出て、子供は敏感に感じます。

それを、この先生から感じた記憶は、私にもありません。


さて、この先生は、小川先生と言います。

もう、90才近くになるそうですが、まだ全く変わらず
お元気で、安心しました。

そして、昨今の教育事情にもよく通じてらっしゃって、
いまのいじめでも、先生らしいご意見を持っていました。

こんな先生が大勢いたら、いじめも問題児も減るかも知れないな。
そう感じた1日でした。

記念に、パチリと写真を撮らせて頂きました。
小川先生、ありがとうございました!

小川先生





最後に:

このブログを読んで下さった、通称「問題児」のご両親の方、あるいは、担任の先生の方。

こんな私でも更生しました。
子供の将来を創るのは、周りの大人の言葉だと思います。

是非、愛の言葉を届けてあげてください。

2011年05月14日

私のインナーチャイルドの癒し

さて、本日は、私自身の中学生時代のお話です。

最近、金八先生が最終回になったのを受け、昔懐かしの
DVDが手に入りました。

私が中学の時にみていたのは、シリーズ2です。
腐ったミカンの方程式。

ご覧になった方もいるかと思います。

腐ったミカンが一つあると、その周りのミカンが
どんどん腐ってしまう。

そんな、腐ったミカンの論理を学校に当てはめ、
落ちこぼれを追い出した中学。

そして、結果その受け皿になった担任の金八先生。


当時中学生だった私は、金八先生を、毎週食い入るように
見ていました。

その頃、私の住む神奈川県では、中学二年では、通称アテスト、
という、高校の進学に大きな影響がある、アチーブメント・テストが
ありました。

そこで完全燃焼した私は、一番大切な中学三年では、
どうしても勉強に身が入らず、代わりに、ちょっと大げさですが、
人生、将来、友人、これからの学生生活、など、
いろいろな事に思いをはせていました。

まあ、皆さんそうではないかと思います。
多感な年齢、というやつです。

そんな中、嫌でも高校受験へのカウントダウンは始まっているのですが、
勉強をしながら、強い疑問を持っていました。

今、こうして、いろいろ感じる年頃に、教科書ばかり、
受験ばかりを考えなければいけないのはどうしてなんだろう?

こんなことをするのが正しいのかな?

こんな教育は間違っているんじゃないか?

自分が大人になったら何かを変えないと、また
こうした仕組みの犠牲者が増えてしまう。


こんな論理的に考えたかは分からないのですが、
これに極めてにた感情を抱いていたのは、今でも
はっきりと覚えています。

こんな生意気を考えていましたが、そもそも、私は、
中学までは勉学でも落第生で、しかも問題児だったので、
自分では、こういった考えが、単に勉強からの逃避か、
それとも一理ある考え方か、定かではありませんでした。


でも、一つ感じていたのは、金八先生をみている時に
感じる、

「これだ!こういう話を聞きたかったんだ!」

という感覚。

こうして、正面から向き合ってくれる先生と
出会いたかった!

こうして、生徒の全てを見てくれる先生と
出会いたかった!

こうして、人生をどう歩んでいいか、勉強以外の
話をしてくれる先生と出会いたかった!


こんな感覚を、金八先生を見る度に思っていたのを
思い出します。

ちなみに、ですが、今思い出してみても、中学時代の
先生は、そんな悪い先生ではありませんでした。

いや、平均より、良いのではないかと思います。

それに、その後の私に影響を与えてくれた、素晴らしい
副校長先生もいました。

ただ、あの当時は、仕組みとしての受験制度が、
先生さえも忙しくさせてしまったのかも知れません。


さて、そんなある日、理解のある先生の一人、と
信頼していた先生に、金八先生の話をしました。

先生にも、金八先生をみているか聞くと、みていないと
言います。そこで、是非見て欲しい、そして、こんな
クラスになったらいい、と私なりの思いを話してみました。

すると、その先生はこう言いました。

「いやいや、昼間さんざん学校で過ごして、家に帰ってまで
学校の番組なんて、冗談じゃない。とても見る気がしない。。」

ちょっと、ショックでした。

え、先生は、学校が嫌いだったの?

学校は、いやいや来ていたの?

そりゃ、テレビ番組かも知れないけれど、その中のメッセージで、
何か真実を感じて、それを分かち合えたらと思ったけれど、
むげもなく断られてしまった。

当時は、そんな風に感じたのを覚えています。


その後も、学校という仕組み、日本の受験という仕組みには、
ずっと疑問を抱いていました。

そして、何らかの形で、この思いを、形にして、自分なりの
真実を伝えたいと思っていました。


さて、今思えば、金八先生で、どうして自分がこんなに反応したか、
魂が躍動したか、分かる気がします。

魂レベルでは、今私がしている仕事をするのを知っていて、
そして、魂に届くメッセージに、若いからこそ、敏感に
反応したのだと思います。

今私は、ちょうど、30年前に見ていた番組をDVDでみながら、
その当時を振り返っています。

人生って、面白いですね。

また一つ、自分中に眠っていた、癒したいインナーチャイルドを見つけました。


金八先生が、

「おまえ、どうしたんだよ?」

と、生徒に聞くシーンが、番組で幾度となく出てきます。

その言い方が、優しいんですよね。

責めているのではなく、その生徒を心から信じている、
愛をベースにした聞き方なんです。


こんな聞き方をされると、誰でも心を開くと思います。

愛は、30年の時を超えて、普遍の力があるな、と、
改めて思いました。

金八先生、ありがとう。

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プロフィール
礒 一明(いそ かずあき)

人生最適化コンサルタント。米国法人コマースジャングル代表。1995年よりアメリカ在住。

横浜生まれ、上智大学外国語学部英語学科卒業。大学を卒業後、ソニーへ入社。95年よりアメリカへ。そこでインターネットの魅力にはまり、社内起業でE-Commerceに創業者メンバーとして参画。事業戦略ディレクター、及び販売ディレクターとして、当時売れないと言われていたAV機器の売り上げを半年で7倍に。

帰任通知を機にアメリカにて独立、2005年より日本でコンサルティング活動を開始。

神秘体験がきっかけで、ビジネスコンサルタントから、人生、生き方をテーマにした人生最適化人生最適化コンサルタントに転身。年に数回帰国して行う、人生最適化ワークショップは毎回満席。

初めまして、コマースジャングル代表、人生最適化コンサルタントの礒 一明です。私のブログをご訪問下さりありがとうございます。

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